こわい話をしてあげる/第四夜

 あれいつごろだっけ。大学入ったばっかの頃だったかな?コンパかなんかで知り合った男にしつこく誘われて、ドライブに行くことになったの。
 あー違う違う、彼氏じゃない。ぜんっぜん好みじゃなかったし。顔はまあ悪くなかったけど、ちょっと勘違いしてるっていうか。女にはもてるらしかったけど、それを自分で分かってるあたりがムカツク感じの男。
 え?……ああ、だってさ、一応どっかの会社の御曹司だったのよ。手懐けておけばあとで色々便利かもしれないでしょ?逆に弱み握っといて利用してもいいワケだし。ふふ。

 そんで、最初に渋谷のカフェで待ち合わせたんだけど、そいつ遅刻しやがったのよ。このあたしと会うのに遅刻ってどーゆー神経なわけ?あと3分待って来なかったら帰ろ、って思って。――普通さ、自分から誘っておいて待たせるなんてする?
 またそのカフェが、どーいうわけか日曜なのに人がいなくてね。客はあたしともう一人、20代くらいの女の人だけで。長い黒髪の。結構、清潔で感じのいい店だったんだけど。

 結局それから1分くらいでそいつが来たから、そこから移動して適当に湾岸とか走ってたの。笑っちゃったんだけど、そいつが連れて行くところって、「夜景の美しいスポット」ばっかなのよ、真っ昼間なのに。多分そういうとこばっかり女連れてったんでしょうね。夜景で酔わせて、ムードにまかせてそのまま、っていうのがパターンなんでしょ。
 マニュアル通りで使い古された手だけど、まあ使い古された手ってのはそれだけ一般的ということでもあるから。だから夜じゃなくて昼会うことにしたんだけどね。
 んで、夕食の時間になったから、そいつのオススメのレストランに入ったんだけど、そこがまたガラッガラでね。そいつも珍しいなーって言ってたんだけど。で、窓際の席に座って――そこもまた夜景スポットでね。まあ夕食の時間になってたから、その時はもう夜景と言えなくもなかったけどね。

 そうこうしてるうちにウェイターが注文を取りに来たから、メニューから顔を上げたら、ちょうど視線の先にある席に客が座ってたのよ。その店の客は、あたしたちとその客だけだったわけ。その客っていうのがどうも見覚えがある気がしたんだけど、よく見たら最初のカフェにいた女の人だったのよ。ヘアスタイルといい服装といい、間違いないわ。
 あら偶然ねーと思ったんだけど、何か引っかかるからその人を観察してみたの。そしたら、その人のテーブルの上に冷水のコップがなかったのよ。レストラン入ったら普通すぐ出すじゃない。でもその人、文句を言うでもないし、ウェイターも全然気がついてないし。
 変だなーと思ってそのまま見てたら、俯いていたその人が顔を上げたの。右目の下にホクロがあるのが見えたわ。あ、ヤバ、と思ったんだけど、あたしと視線は合わなかった。顔はこっち向いてたんだけど。

 その人、あたしじゃなくて男の方を見てたのよね。見てたというより睨んでた。

 その男はぜんっぜん気がついてないみたいだったから、ちょっと聞いてみたのよ。「あそこにいる長い髪の女、知り合い?」って。そしたらそいつ、あたり見まわしてから聞くのよ。
「長い髪の女って?」
「いるじゃない、あっちの席に。長い髪の、ブラウスにロングスカートの。右目の下あたりにホクロが二つある……」

 その途端、そいつ見る見るうちに真っ青になって、バタンって椅子が倒れるくらいすごい音立てて立ちあがって、出て行っちゃったのよ。あんまり急だったからちょっと呆気にとられちゃったわ。すぐに外で車のエンジンがかかる音がしたの。ちょうどそのとき注文した料理が運ばれて来たから、食べないで帰るのか、っつーかこんなとこまで連れまわしといて一人で帰るたァいい度胸じゃないの!って思ってあたしも立ちあがってみたら、さっきの女ももういなくなってるわけ。目を離したのってほんの2、3秒だったと思うんだけど。そっちに気をとられてるうちに男の車は出て行っちゃったわ。

 結局そこからは仕方ないからタクシーで帰ったんだけど、翌日からそいつ大学に来なくなっちゃって。一ヶ月くらい経って、失踪届けが出たらしいわ。一人暮しだったし、男が家に帰らないで遊びまわってるなんてよくあることだから、すぐには気付かれなかったみたい。

 それから二ヶ月くらい経って、県境の山の中で腐乱死体が見つかったってニュースが出たわ。――ううん、その男じゃなかった。名門女子大の学生だったみたい。新聞に生前の顔写真が出たの。

 あの人だったわ。渋谷のカフェと、お台場のレストランで会った彼女。

 ううん、その男とのつながりは、新聞には出てなかった。誰も関連付けて考えなかったんでしょうね。二人が知り合いだった証拠も何も出なかったし。

 で、今もその男見つかってないのよ。どこにいるのかしらね。あのとき立て替えた二人分の支払い、払って欲しいんだけど。

 あのときの料理?食べたわよ、二人分。悪くなかったわ。
 今度一緒に食べにいこっか?ふふ。