こわい話をしてあげる/第一夜
捜査一課にいた頃のことだ。五年くらい前のことになるかな。
都内のマンションの一室で女性が死んでいるという通報があって、その時は本庁ではなく所轄の刑事がそこに向かったんだが、それは凄惨な状態だったそうだ。毒殺だったらしいんだが、被害者の苦悶の表情がそれはそれは凄まじくて、そういう現場を見慣れていたはずの刑事たちもとても正視できなかった、と言っていた。
被害者の女性は会社の上司と不倫中で、相手に離婚を迫っていたことはすぐ聞き込みで分かったから、その上司か妻が犯人の可能性が高いと思われたんだが、被害者の部屋からは、直接犯人を指し示すような証拠は出てこなかった。まあそこで捜査はいったん行き詰まったわけだ。
で、所轄署から応援要請があったから、手が空いていた俺と棟居さんと高木の三人がその捜査に加わることになったんだ。それぞれ所轄の刑事と組んで、事件を洗いなおしたりしていたんだが、被害者と容疑者夫婦の写真を見ていたところ、妙なことに気がついてね。
それらの写真は被害者のアルバムから借りたものだったんだが――どうやら被害者は不倫相手の上司とその妻に対してストーカー行為にまで及んでいたようだ。警察には届けは出ていなかったけど。その隠し撮りされたと思われる夫婦の写真に、何だか白い煙のような影が写っているように見えた。だが、フラッシュの具合とか現像ミスとかそんなところだろうと思って、その時は気に止めていなかった。
しかし、それから数日たって、被害者のマンションの管理人に聞き込みをしていたときに、何気なくこの写真を見せたら、管理人の顔色が変わってね。どうしたのかと思って写真を見てみたら――ほら、こう、スーツのポケットから写真を出して相手に見せるときって、自分ではまじまじと見ないものだから。何にそんなに驚いたのかと思ってもう一度写真を見たら……。
前見た時は、ただの白い煙みたいなものでしかなかった影が、その時ははっきりと人の顔の形をしていたんだ。こう、目をかっと開いて口元を歪めた顔が、容疑者夫婦を睨みつけていた。
驚いて、一緒に聞き込みをしていた所轄の刑事に見せた。これ、この前はただの煙みたいな影でしたよね、と言って。そしたらその人こんなこと言うんだよ。
「煙?最初はそんなもの写ってなかったぞ」
それから、写真をじっと見て、こうも言った。
「こりゃァ、ガイ者の顔だな」
――そう。最初に死体発見現場で見た、被害者の死に顔だったって言うんだ。
しかし、確かに気味が悪いけれど、こんなものが証拠になるわけない。それでも、もう一度この夫婦を取り調べるべきじゃないかと思って、一旦署に戻ることにしたんだ。そしたら、帰る途中で容疑者夫婦が自首してきたという連絡があったよ。
取り調べの様子を、ミラーの向こうから見ていたら、隣にいた刑事がこう言った。
「たった一週間で、あんなにもやつれるもんかねえ……」
二人は取調べに素直に応じていたが、頬は削げ落ちて目の下にはくまが出来ていたし、髪にもつやがなかった。被害者と不倫していた夫の方は、写真では随分恰幅が良かったんだが、その半分くらいの幅になっていたな。
犯行当日から毎晩、被害者が夫婦の寝室に現われて、あのすごい形相で睨んでいたらしい。それでも最初はそれだけで済んでいたのが、二日目、三日目と経つにつれて、金縛りとかお決まりのものから始まって、段々エスカレートしてきたらしいんだな。昨晩はついに被害者が夫の上に馬乗りになって首を締めようとしたとか。命の危険を感じたので、とうとう自首することにしたらしい。取調べに当たった刑事は信じてなかったけど。
「生きていても、それくらいのことはやりかねない女だった」と彼は言ったけれど、相手が生きてりゃ警察に届け出して逮捕することもできるのに。社会的地位がそれを拒んだらしい。犯罪は割に合わないのにな。
――あの写真の顔?
容疑者が自首したあとは消えてしまっていたよ。綺麗サッパリ。もし彼らが自首してこなかったら、もっと違う顔になってたかも知れないな。
え?――ああ、そうだね。そんな経験をしたからには、絶対不倫はしません。はい。