薬師寺涼子の怪奇事件簿 外伝かも/act3
ホテルの窓の外では、雲が空から降りてきて雪を降らせている。
目の前には、100数十年前はリラの森だったことなど、とても思えないような街並みが広がっていた。
ここは紛れもなく人間が、一から創った街である。
こうやって人間は生活の場所を広げていき、やがては宇宙にも住むようになるのだろうか。
無論その頃には私は生きてはいまいが。
視察出張の為、ここ札幌に着いたのは昨日の午後であった。
東京から飛行機で千歳まできたのであるが、涼子は機内では、何やら英語の資料を読みあさっていた。
おかげで、話し相手にならなくて済んだ私は、今回の一連の事柄について次のように考えてみた。
まず、私は双子や三つ子ではない。念の為、例の件のあとに親に確認済みである。
となると、常識で考えられることは他人の空似である。
しかし、ここが肝心である。何故、その場にいた4人全てが、私だと思ったかだ。
仮に私のクローンがどこか知らないところで造られたとしても、まさか本人を目の前にして、瞬時に本物だとは思わないだろう。
不意にドアをノックする音が聞こえた。
どうせホテルマンだろうと思いはしたが、仕事柄、一応尋ねてみる。
「どなたですか?」
「私・・涼子。入って良いかしら?」
私は明日の視察の打ち合わせだろうど思いながらドアを開けた。
「どうぞ。」
入って来るなり涼子は私に抱きつき、熱いまなざしで私を見る。風邪が悪化したのだろうか?
それにしては様子が変である。いつもの彼女ではない。
「警視どうされました。」
依然、彼女は私を見つめながら言う。
「涼子って呼んで。。。」
まだ風邪で熱でもあるのだろうか。
私は不思議な気持ちにとらわれつつあった。そこへ、携帯電話の呼び出し音がした。
えーと、携帯どこだっけ?あれ?ないぞ?
しばし、探しつつも、何故か見つからないはずの携帯電話の受話器を取った。
「もしかしてまだ寝てたの?さっさと起きてちょうだい。起きたら部屋まで迎えに来てね。」
涼子は一気にそう言うと、電話の向こうで笑っているようであった。
私は、はっとして目が覚めた。
どうやら夢であったようである。悪夢である。
「はっ、了解しました。」
私はこう言うなりそそくさと電話を切った。
それにしても、恐ろしい夢であった。現実でこのような事が起こったらおそらく私は・・・。
いや、考えるのはやめておこう。それが、現実に踏みとどまる最善策である。
身支度を調えた私は、言いつけ通りに涼子の部屋まで迎えに行く。
今日は、北海道警察の視察であった。視察とは言っても、どうせ組織構成とこれまでの実績の説明であろうから、さしたる事もなく無事終わるはずである。
涼子の部屋をノックすると、入るように言われた。
涼子の宿泊している部屋は、いたって普通のシングルである。
彼女に言わせると、仕事で来ているのだから当然であると言う。絶対ウソであるはずだ。
「さ、腹ごしらえして、迎えを待つのよ。」
そう言い切った彼女と一緒に最上階のレストランへ向かった。
約束の時間になったので食事を終わらせ、ロビーへ降りると既に迎えは来ていた。
私たちは車に乗り込み北海道警察本部に向かった。
車中から、街並みを見ると、なるほど碁盤の目のように道路網が奔っているのが感じ取れる。
しかし、依然、建築家から聞いたことではあるが、都市というのは似通っているものらしい。
なんでも都市の建築というものは、昔のドイツの有名な都市建築の大家の流れをくんでるらしいと、聞いたことがある。
そういった目で見ると、確かによく似ている。
本部での視察は退屈極まるものであったが、それも午前中に終わり、私たちは本部長見送りのもと玄関を出た。
実は、涼子が本部長に理不尽な事を言わないかなど多少心配したが、その心配も杞憂に終わった。
「さあ、自由時間よ!」
涼子は本部の門を出るなり、開口一番そう囁いた。
たしかに、明日は土曜日であり、私たちも休日である。
「でも、夕べから風邪気味なのよ。先に病院付き合ってね。」
私の記憶によると風邪をひいたのはは一昨々日のはずであった。そういえば、飛行機の中では平気そうだったのを思い出した。
「風邪は夕べからですか?」
涼子は私を横目で見て、面白そうに答える。
「そうよ。やっぱり、やすーい部屋は駄目ね。今夜は別のホテルにするわ。泉田クンも移るの。」
どんなホテルに連れて行かれるにしても、安くは無いだろうな。
そんな私の胸中を察してか、更に彼女は続けた。
「心配しなくてもいいわよ。泉田クンは特別料金にしてあげるから。」
そういうと涼子はさっさと歩き出した。病院へはさしたる時間もかからずについた。
看板には、『鋼鉄記念病院』と書かれている。外からはごく普通の病院に見えた。
しかし、中に入って一変した。気色悪いのである。
建物自体が特別に変なわけではなかった。受付にいた蟾蜍を潰したような人物のせいであった。
胸の名札には『船山』と書かれていた。
その蟾蜍に涼子は話しかけた。
「風邪のようなんだけど、看て貰える。」
蟾蜍は横柄な命令口調でヒステリックに叫んだ。
「あんたね、風邪かどうかはドクターが決めるんだよ。それと、健康保険証だして。」
何も叫ぶこともあるまい。それよりも次の涼子の行動が心配だ。
ところが意外にも平然としていた。
「健康保険証は持ってないわ。それより舟山。あんたいつも患者にこんな口調なの。」
もともと涼子はめったなことでは我慢ということをしない。
しかし、蟾蜍も負けていなかった。というより、相手を間違えただけだろうが。
「当たり前だ。患者なんてそんなもんだろ。」
と、憎々しげに言い放つ蟾蜍には、私も呆れた。ここはまともな病院じゃないのか・・・。
そう思っていると、涼子が言い放った。
「理事長呼んでちょうだい。舟山! いや蟾蜍! さっさとおし! ひ・き・が・え・る。」
やはり彼女も蟾蜍だと思っていたのかと感心していると、
さすがに相手を間違えたことを悟った蟾蜍は、本当の蟾蜍のように脂汗で体中ヌラヌラテカテカさせながら、短い足で電話までひいひい歩き、理事長を呼び出した。しかし気色悪い。
「最初から目的はここに来ることだったのではありませんか?」
そうなのだ、そもそも最初から風邪にかかってはいなかったのである。ということは、一昨々日のも違うのだろうか?
不意に蟾蜍の表情が強張っり、それと同時に愛想笑いを・・これまた気色悪く・・しだした。
この病院の理事長がやって来たのだ。
やってきた理事長はそんな蟾蜍を無視するかのように私たちに話しかけた。
「これはこれは涼子さん。よくおいでになりました。お父さんは恙無いですか。」
いかにもな挨拶ではあったが、蟾蜍よりは知能があるようであった。
「お久しぶりですわ。」
「ま、ここでは何だから、私の部屋へでもおいでなさい。」
そう言われて、私たちは理事長室へと向かった。
すすめられて椅子に座るなり涼子は、それとなく先ほどの件を話題にした。
「ご苦労されておられるようですね。」
よほど誰かに聞いてほしかったのか、頼まれてもいないのに切々と話し出した。
「舟山君にも困ってるんだよ。昨年どういうわけか厚労省から補助金を取って来たのが彼なんだ。その功績で人事責任者にしたのだが、彼が就任してからというもの、人材の流出があいついでね。おまけに新しく採用する際も、彼の好みで採用しまくるんだよ。」
私には何故人材が出て行くのかが良くわかる。だれもあんな気色悪い奴に命令などされたくはないであろう。
しかし、蟾蜍の好みとはどういうのだろうか?
「理事会で解任なさればいいのに。」
「何故か他の理事は彼に好意的でね。」
涼子の問いに、含みのある言い方で答えた理事長の表情は苦々しいものであった。
「ま、彼のお陰で病院のシステムも出来たことだし。それはそれで、いいのだがね。後で見ていってはどうかね。」
私たちは、あの蟾蜍が取ってきた補助金の成果を見てみることにした。
まあ、これも観光の一つである。少なくともこの時点では私はそう思っていた。
「それは是非見せていただきますわ。」
涼子はそう言うと、私の脚を指で弾き合図をした。
「警視、そろそろ戻りませんと。」
「そうね。では、見せていただいてからもどることにするわ。」
明日は休日なのだから別に急ぐことは無い。私がそう言ったのは、芝居である事を先方も当然知ってはいる。だが、それに触れないのが日本の礼儀というものである。
その後、何でも十数億円もするというシステムを一通り見た私たちは、病院を後にした。
ホテルへの道すがら、涼子は私に尋ねた。
「泉田クン。あのシステムが十数億円もすると思う?」
「確かなことは解りかねますが、とてもそうとは思えませんね。」
私は自分の近所の病院でよく似たシステムを数千万円で導入したことを知っている。
そう答えると涼子は満足げに言った。
「それでこそ、我が同胞。」
また新しい肩書きが増えた。だが、私には疑問があった。
「じゃ、残りはどうしたのですかね?」
「それよりも自由時間を楽しむの!上司命令!」
涼子は少しの間だ腕組みをしながら考えていたが、
笑いながらそう言うのであった。
私は新しい肩書きと疑問と気色悪さを得たのであった。