薬師寺涼子の怪奇事件簿 外伝かも/act2

2.リトルスイートナイト

 冬だというのに、お台場は人が多いせいなのか熱気を感じる場所である。
 あの後、我々は様々に意見を交換したのであるが、結局はさっぱり解らないというところに落ち着いた。
 まあ、今のところは実害もないので、しばらくの様子見を決め込んだのである。
 で、私は誘われるがままに、ここお台場のホテルのレストランで遅い食事を取ることにしたのである。

 しかし、我が上司は気になるようである。
 その証拠に、食事を終え新しい紅茶が運ばれて直ぐにこう切り出した。

 「泉田クン兄弟いたっけ?」

 ちょうど窓から見えるレインボーブリッジに見とれていたせいで、不意を突かれる感じとなり、私の返事は少し身構えたものとなってしまった。

 「双子や三つ子ではありません。」

 おかげで、外の景観にそぐわない言い方になってしまった。

 「そう・・・。」

 涼子はそう言うと、私を見つめながら紅茶を口にした。
 美人に見つめられて悪い気がしないのが男というものである。
 ついでにと思いながら私は気になっていたことを口にする。

 「一つ大事なことを忘れてるような気がするのですが・・・。」

 「何故本物の泉田クンだと感じたか・・・ね。」

 涼子は至極当然のように言った。

 思い切って私はもう一つの疑問を投げかけてみることにした。

 「私も同じ意見です。ところで、警視は何故私だと思ったのですか?」

 涼子は無邪気そうに微笑みながら言う。

 「さあ?どーしてでしょーねー。」

 何か隠してるな。
 これだけいつも一緒に居れば、涼子が今どんな思惑を巡らしているのかまでは解らないが、よからぬ事を考えているということは何となく解る。第6感とでも言うのだろうか。

 不意に、涼子は思い出したように言う。

「それより泉田クン、出張の件なんだけど。」

 少し驚いて私は答える。

「それは初耳です。」

 涼子はその端正な手を見つめ、その後に私に視線を移して半ば嬉しそうに言う。

「そりゃそうよ。私も今日聞いたんだもん。前回の事件解決のご褒美ってことで、視察出張らしいわよ。」

 上層部としては、警視庁きっての問題児を遠くに追いやり自分たちは無事に年末を迎えたいらしい。
 私も上層部の気持ちが良くわかるというものである。
 ついでに、私は何気なく聞いてみた。

「で、いつ立たれるんですか?」

「明後日だから、それまでに旅行の準備をしといてね。明日の午後は休暇とっていいわ。」

 今度は完全に驚いた。
 しかし、よく考えると、キャリア官僚が一人で出張ということはあり得ないのが公務員組織である。
 キャリア官僚が出張する際は、鞄持ちが一人同行し、様々な便宜を図ることになっている。
 それでも、私は小さな抗議をしてみた。

「私も一緒ですか。」

 涼子は大げさにふてくされた様子で言う。

「当たり前でしょ。泉田クンは、私の・・・えーと何だっけ?というより何がいい?」

 不幸にも過去から現在に至るまで、私に付けられた肩書きは世界一を目指して邁進している。
 このあたりで、ひとまず記録更新を止めねば。

「私は貴女の部下です。それに、お言葉ですが、出張です。」

 髪をたくし上げ、悪戯小僧のように言う。

「似たようなものじゃない。」

 まったくこの人と一緒にいると時間を忘れてしまう。
 いつのまにか、帰宅しなければいけない時間になっていたとは。

「失礼。トイレへ。」

 涼子に時間を気にさせるため私はトイレへ立った。
 席に戻ろうとすると、ちょうどホテルの支配人らしき初老の人物が一礼して立ち去るところであった。

「警視、風邪ですか?」

 涼子の顔に紅みがさしていることに気が付き、そう言った。

「いえ、大丈夫よ。心配いらないわ。」

 少し慌てたそぶりで言いながら、窓を指さした。

「見て泉田クン。どう?」

 窓の外にはレインボーブリッジがナイトアップされている。
 たしかに、あの橋は観光名所となっており、夜景撮影をする人が後を絶たない。

「キレイですね。」

 そう言った私は、涼子が不思議な表情をしながら、更に顔に赤みを増しているのに気が付いた。
 まずい、このままでは明後日の出張に差し障る。そろそろ帰宅を催促するとしよう。


「明後日の準備もありますし、そろそろ出ませんか。」

 この意見は素直に受け入れられた。

「そうね。では、そろそろ泉田クンを解放してあげる。途中まで一緒に帰りましょ。」

 私は立ち上がり、涼子に続いて歩き出した。
 それにしても、涼子の風邪は大丈夫なのだろうか。気になるところである。
 寒いと言われる前に、私は自分のマフラーを首から外して涼子の首に巻き付けた。

「・・・・・・。」

 目が潤んでいるから熱があるんだろうな・・・。
 そもそも、階級は私より上であるが、女性でしかも私より年下である。
 少し可哀想だと思ってもバチが当たるわけでもあるまい。

「風邪が悪化すると出張に差し障りますから。」

 そう言うと、私達は歩き出した。